(2008/07/25)
今から44年前、東京オリンピックの開催に合わせて登場した0系は時速200キロメートル超という驚異的な速度を見せつけ、当時の日本国内のみならず世界をも驚かせました。
以降、0系は幾度ものマイナーチェンジが行われながらも、結果的に3,216両が世に出て大勢の人の記憶に刻み込まれました。
そして昨年、現在0系を保有するJR西日本から2008年11月をもって引退させることが正式に発表されました。
晩年は編成が短くなったり塗装が変更されたりと、往事を知る者としては残念な気持ちになっていたことは事実ではありますが、少年時代の思い出を辿る意味で今一度乗っておきたいという衝動に駆られました。
そして、引退への花道として外装が登場当時の原色に塗り直されるという、JR西日本の心憎い演出も手伝って衝動を抑えることが出来ませんでした。
そういうわけで今回、山陽新幹線の撮影遠征を機に乗っておこうと密かに準備をしていたわけですが・・・
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乗車当日、私は岡山駅22番線ホームへとやってきました。 やがて広島方から14時51分発となる「こだま659号」博多行きがホームに入線。編成は6両ですが、外装は正真正銘の原色であります。編成は現在車籍のある0系3本のうちの1本である、R67が充てられていました。 さっそくその場面をパワーショットで録画。えぇ、ステレオで収録したいがためにわざわざ持ってきた次第です(^^;) |
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振り返ってこのカットを。近年の新幹線車両に比べると優しい目をしていますよね。 |
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しばし1号車付近で写真を撮っていると、女性の運転士さんが乗り込もうとしている場面を目撃。山陽新幹線では早くから女性の運転士さんが乗務されていますが、まさか自分が乗る今日の0系を担当するとはちょっとしたサプライズでしたね。 |
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「こだま・博多」と指定席を表示している幕です。近年はLEDで色々な情報を表示させることができるようになりましたが、それだけにこのシンプルさは味があるような気がします。 |
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中に入ってみましょう。内部は「ウエストひかり」時代から変わっていないようですが、往事を知る者としてはなんとも贅沢なシートです(^^;) |
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「こだま659号」は定刻に岡山駅を発車。まずは進行方向左手に宇野線や博多総合車両所岡山支所を見ながら進んでいきます。 先程も書きましたけども、通常の遠征では持ってこないパワーショットを敢えて持ってきたのは、この0系に乗るからこそだったのですが、岡山〜新倉敷の車窓を録画しようと撮影していたらあの懐かしいチャイムが流れてくるではありませんか! |
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今回ゲットした指定券です。最初は終点まで乗ってみようかと思っていましたが、やはり時間の問題もあって適度に楽しもうと広島までの区間にしておきました。 ところで、切符を見てもおわかりのように私が陣取ったのは5号車指定席。ご存じのように山陽こだまの6両編成は4号車だけが指定席なんですが、これも0系を意識してのことなんでしょうね。 |
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動画を撮り終えてしばし車内を探検。当然あちこちでリニューアルされているので往事の面影は薄れていますが、これも時代と共にこの車両が生きてきた証なんですよね。 |
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かつては多くの人を迎え、そして送り出してきたこのデッキ。 |
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15時35分、列車は三原駅に到着。ここでは2本の列車が追い越すために約7分の停車時間があります。 |
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15時42分、待避が済んだ列車は三原駅を後にしていきます。 |
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そろそろ0系の旅も佳境に入ってきましたが、その前に東広島駅でまたしても後続列車の通過待ちのため約3分の停車です。 |
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東広島駅を出て0系は力走を開始。次の広島で降りなくてはならないので、この走りをしかと目に焼き付けつつ、じっと車窓を見つめては少年時代を回想していました。 やがて列車の速度は落ち、電光表示板には広島の文字が・・・ |
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左手に広島運転所が見えてきました。0系と同じく国鉄時代の車両達が大半が所属していますが、常に全力で走り続けてきた0系は一足早くお役御免となります。 |
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16時10分、「こだま659号」は広島に到着。1時間20分の旅はあっという間に終わってしまいました。 今一度車両をじっくり眺めてみます。形あるものいずかは露となって消えてしまうもの。そうわかってはいても寂しさを感じざるを得ないですね。 |
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復路は700系レールスター車両で運転される「ひかり472号」で、宿を取っている岡山へ戻ってきました。その間わずか40分。おもわずため息をついてしまいましたね。 |
戦後日本の高度経済成長時代を象徴する存在として、長きに渡って人々から親しまれた0系。引退の日は刻一刻と迫ってきています。きっとさよなら運転の時は物凄い賑わいになることでしょう。
以前もどこかで触れましたが、私が初めて新幹線に乗ったのは小学校へ上がる前のこと。今でもその時の記憶が走馬灯のように流れることがあります。あれから実に30年近い歳月が流れました。
色々と思うことは山ほどありますが少年時代の思い出はもちろんのこと、今回の旅で感じたことも大事に胸へ納めつつ、無事に引退の日を迎えられることを切に願っています。
−おわり−