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日記・2004年12月

日記・2004年11月

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14日   18日   22日   24日   28日   30日


11月30日(火)

01F試作車・列番11T 今日、夜勤明けの帰りの新宿線はご覧の試作車。
ここのところ姿を見せていなかったんだが、「今日は撮れる!」、と思い速攻で家に小型バズーカ砲を取りに行ってしまった(笑)
15F@船堀

そんなわけで、船堀駅でしばし撮り鉄。
残念ながら試作車は一足早く急行として橋本まで行ってしまったので、ここでゆっくり時間を潰す。
もちろんデジタルATCのチェックも兼ねて…のつもりだったが、今日も未確認の編成は目の前に現れず。なんでこう意気込んでいる時に来ないかなぁ…(__;)

写真は2次車の15F。

21F@東大島 12時を過ぎた頃に東大島駅へ移動。ここでは本八幡行きホームから急勾配・急カーブをクリアしてくるところを狙ってみた。
写真は3次車の21Fだが、橋本から折り返してきた試作車も無事カメラに収められた。その写真は明日立ち上げる新宿線のHPのトップページで使おうかと思っている。
コスモスその1@東大島
コスモスその2@東大島
東大島の江戸川区寄りの出口を出てしばらく散策していると、駅の真下を流れる旧中川のほとりに、コスモスが咲いているのが目に入った。
時期的にはそろそろ終わりで、実際枯れてしまっているのもあったが、まだなんとか咲いているものもあった。
こんな近場にこういう写真が撮れる場所があったとは…
試作車@船堀

東大島で撮った試作車を追いかけるつもりで、再び船堀に戻ってきた。
ということで、光線状態があまり良くないのを覚悟で、先程とは逆方向にカメラを向ける。

今日で11月もおしまい。これは18日の日記にも書いたが、ヘッドマークに書いてある期間が本当なら、今日で運用から外れることになる。
もう見られなくなってしまうのは残念だが、三田線での試験走行の期間も加え30年以上走り続けてきたこの車両には、本当にお疲れさまの言葉をかけてやりたいと思う。


11月28日(日)

 今日は夜勤明け。帰りの電車で思わず眠りこけてしまい、気が付いたら自分が降りる駅を通過していた(^^;)
やっぱ疲れているのかなぁ…

24系寝台特急「あさかぜ」@蒲田〜川崎間
14系+24系寝台特急「さくら・はやぶさ」@川崎
ところで、昨日の毎日新聞の報道をご覧になった方ならおわかりだろうが、現在東京〜下関間を結んでいるブルトレの「あさかぜ」(写真上)と、東京〜長崎間を結ぶ「さくら」(写真下)が、来年3月のダイヤ改正で廃止されるという、ショッキングな出来事が起きた。
近年、西へ向かうブルトレは乗客減の歯止めが掛からず、区間を短縮されたり分割併合や短編成化など、リストラが繰り返されてきた。
私も「『つばめ』と『つばめ』が出会う時…」で行く末を心配していたが、歴史ある両ブルトレがこのような形で終焉を迎えるとは、返す返すも残念でならない。

11月24日(水)

 今日は当HPのご覧の皆様にお知らせがある。現在特集として公開している新宿線のページを、12月1日をもって、ODNサーバから私が自宅で使用している地元CATVのISPが提供しているサーバへ移行、独立したHPとして再スタートする。最近、メニューに更新履歴を追加したのもその準備のため、である。
 理由についてはいろいろあるが、大きく分けて二つある。
一つ目はODNサーバにおける容量の問題で、現在当HPの容量は70MB近くになっており、サーバ容量が最大100MBまでということを考え、それを少しでも軽減したかったというもの。
二つ目は、地元のISPを利用することで新宿線をより地元に密着したものにしたかった、というものである。

 一つ目については、遅かれ早かれ満タンになってしまうのは目に見えており、いずれはもっと大きな所へ移転しなければいけないが、できることなら今のサーバを長持ちさせたいという思いがある。
そして二つ目については、私がここ最近思い描いていたもので、今のHPは「広く浅く」のスタンスでやってきたのに対し、こと新宿線だけに関してはかなり掘り下げたものになった。そのことから私自身も、当HPのコンテンツの中ではかなり特殊なものと考えており、本来なら一つのHPとしてやったほうが良いのではないかと思うこともあった。

 というわけで、以上の理由により移転・独立を決意した次第。少し作業量は増えてしまうが、これから新車がどんどん入ってくる楽しみもあり、むしろやってやろうという気持ちの方が強い。
みなさんにはご不便を掛けてしまうが、どうかご理解のほどよろしくお願いしたい。
 なお、移転後も引き続き当HPのトップページから直接ジャンプできるようにしていくつもりだ。


11月22日(月)

10-000系08F@笹塚

今日も笹塚駅で撮り鉄…

前回とは違い、今日は「小型バズーカ砲」を持ってきたので、テレコンを付けて1・2番線ホームの新宿寄りから下り電車を狙う。
カメラをセットしてすぐに、08Fがちょうど地下から地上へと勾配を上がりきったところをフレームに収める。

さすがに「小型バズーカ砲」、前回のようなブレた写真はない。前回は光量不足も手伝ったこともあったが、やっぱりフルオートのX-200では力が足りないことを再認識…

10-000系25Fと京王9706Fが併走するシーン@笹塚 2枚目は地下から出てきた25F使用の急行橋本行き…と思ったら、なんとその横を京王9000系が後を追うようにこちらに向かってくるではないか!
複々線の内側に合わせていたフレームを慌てて両方入るように修正して撮った写真が左のもの。
さすが複々線。こういうシチュエーションは撮り鉄にとって最高にエキサイティングだ。しかも、将来新宿線に入線することになる9000系とのデュエットだけに、この光景はたまらない。
この光景を早く新宿線内で見てみたいものだ。
10-000系28F@笹塚 実を言うと、今日はデジタルATCのチェックがまだ終わっていない、22Fと27Fの設置状況を確かめにきたのだが、結局お目当ての車両は現れず。
写真の8次車も「お!27Fか?!」とカメラを向けてみるも、残念ながら確認済みの28Fだったりと、今日は空振りだった。
豊田電車区所属189系(旧「あずさ」色)M50編成6連@吉祥寺

だんだん日の向きが変わってきたので、井の頭線・総武緩行線経由で帰ろうと笹塚を後にしたのだが、途中の吉祥寺駅で写真の電車に遭遇。慌ててカメラを取り出し逆光などお構いなしに撮影した。
この編成は豊田電車区に所属の団臨用189系だが、まだこのカラーをまとっていたとは考えもしていなかったので、自宅にある資料を見るまでは「なんだあれは!?」という感じだった(^^;)

明日は休日なのでその出番のための回送だと思うが、いったいどこへ行くのだろう?
まぁ明日は出勤日なので、そんなことを考えたって私には全く関係ないわけだが…(__;)


11月18日(木)

デジタルATC搭載の23F@笹塚 今日は徹夜明け…だったんだが、どうしても撮りたいものがあって、京王線笹塚で撮り鉄。
写真は今日デジタルATC搭載を確認した23F。これの他に今日は19Fも確認できた。これで残るは22Fと27Fだけだが、この様子だともう対象車全てに搭載済みであるものと思われる。
10-000系11F@笹塚

しばらくして、朝から連絡を取り合っていたPanchoさんが姿を現し一緒に撮影。

やがて後方から2次車の11Fが笹塚止まりとして2番ホームに入線してきた。
知ってのとおり、試作車を含めて1・2次車は置き換えの対象になっているわけだが、ある情報筋ではなぜかこの11Fに限ってデジタルATCが取り付けられているというのだ。

なぜか11Fに取り付けられたデジタルATC で、こちらがその確認の写真。最初は目を疑ったがやはり情報は間違っていなかった。
なぜ今更、しかも置き換え対象車の中でも11Fだけに取り付けたのか、その真意はわからないが、おそらく2次車の中でこの編成が最後まで残るのかなぁ、という気もする。
10-000系01F試作車@笹塚 時計の針が12時半になろうかというときに、地下から試作編成01Fが地上へ出てきた。
実を言うと今日はこれに狙いを付けていた。写真を見ただけでその理由はわかると思うが…
試作編成01に取り付けられたヘッドマークF

そう、今回の新車置き換えに際し、それと同時に引退となる試作・1次車・2次車のうち、この試作編成に写真のようなヘッドマークがつい先日から取り付けられていたのだった。
「新しい仲間と交代します」、と書かれたこのヘッドマーク。少し質素な感じもするが、長年のユーザーである私にとって、今まで頑張ってきた車両にこうしたことをやってくれることは嬉しい限りだ。
ただ、そこ書かれていた「1971.11〜2004.11」という表記からして、おそらく今月いっぱいであると思われるので、記録を残したい方はなるべくお早めに…

というわけで、今日はこれを撮っておしまい。やっぱりいくら大好きな趣味でも、徹夜明けだとツライねぇ(^^;)


11月14日(日)

都営新宿線10-000系試作車01F・急行本八幡行き@桜上水

今日はくろやっこさんに誘われて、まずは京王線の桜上水駅で撮り鉄…

撮影を始めてほどなく、いきなり左の大物が釣れた。
すでに10-300形が搬入され、時期的にもそろそろ危ないと思っていただけに、ちょっと嬉しかった。

だが、急行運用の試作車をこうして撮るのは、もしかしたらこれが最後かも…

京王6411F・準特急新宿行き@桜上水

一転して、こちらは私の天敵とも言える京王6000系の準特急新宿行き(滝汗)
増結用の6411F2連を加えた10両編成で目の前を駆け抜けていった。

うーん、まだまだこっちは健在やなぁ…

京王9704F・快速新宿行き@桜上水

桜上水最後の写真は、私が乗り入れを切望している9000系(笑)
快速運用で編成は9704F。LEDが切れているのはちょっと気に食わないが、まぁ仕方のないところか。
でも10-000系のLED車はちゃんと写ってくれるからなぁ…f^^;

さて、撮り鉄はここまで。
今日くろやっこさんに誘われた本当の理由は…

京王5000系@若葉台工場
京王5000系その2@若葉台工場

こちら。そう、京王の名車として今もファンの間では語り草になっている5000系。
簡単に説明しておくと、1963年にデビューした5000系は、それまでグリーンを基調とした塗装中心だった京王の電車のイメージを一変させた。
そして、性能やデザインにおいて、また通勤電車としては日本で初めて冷房装置を導入したということで、登場翌年に「ローレル賞」を受賞している。

1996年に営業列車から引退。廃車になったり富士急行などの地方私鉄へ譲渡されたりと、一線からは退いたが、1編成だけ事業用車として京王線に残って活躍してきたものが写真の車両だ。
それが今回完全に引退することになり、5000系に最後の花道をと、京王電鉄が若葉台工場へ回送して一般向けに公開した、というわけ。

その最後の姿を一目見ようと、場には沢山の人だかりができていた。私もその中に混じってシャッターを切っていった。
京王が今日のためにわざわざ往時の営業車に復元したというだけあって、かつての特急サボが取り付けられていたり前照灯を点灯させたり、はたまたヘッドマークを掲げたりと、なんとも心憎い演出が印象的だった。

5000系の側面 側面にも回ってみた。この片開き扉が妙に懐かしさを感じさせてくれる。
写真には写っていないが、車体には京王帝都電鉄時代の社紋が復活していたり、パンダグラフも写真のようにちゃんと上がっていたりと、先程のヘッドマークなどと合わせて、5000系の最後を飾るに相応しい出で立ち。
ここまでやってくれるとは、正直恐れ入った。
記念写真

こちらは八王子方の先頭車両。
ここでは主に子供を対象とした記念撮影が行われていた。

今の子供達にとって、この5000系という車両はどう写っているんだろう?

ガイドブック 入口では「記念にどうぞ」と、こんなものも貰っていた。「京王の電車」と題した車両についてのこのガイドブック。
京王もなかなかやるなぁ(^^;)
6734Fの床下部分 最後はちょっと現実に戻って、こちらの写真。
これは5000系の近くに留置されていた新宿線乗り入れ車で本八幡方先頭車の6734Fだが、やはりこれにもデジタルATCが取り付けられていた。床下機器で妙に綺麗な収納箱がまさしくそれである。
ということは、まだまだ9000系乗り入れはだいぶ先になりそうで…

11月12日(金)

E231系500番台トウ528編成・山手線外回り@池袋

朝の池袋駅。
山手線外回り電車としてやってきたのはE231系500番台でトウ528編成。

昨日から降り続いた雨の影響で東海道新幹線をはじめ、首都圏の各線で遅延、運転を見合わせるなどの障害が発生していた。
特に東海道新幹線は静岡県内での集中豪雨のおかげで、乗客が足止めを食らったりしてダイヤは大幅に乱れているようだ。

今年はこういう集中豪雨が本当によく起こる。いったいどうなってしまっているんだろう?

 ところで、ある情報筋によると都営新宿線の新型車両の第一編成が、近く大島検修場へ納入を完了するようだ。また東急車輌で先頭車両を見掛けたという情報もあり、徐々に動きが慌ただしくなってきた。
今月中には試運転を始めて最終的な試験をしたり、乗り入れ先である京王の乗務員訓練にも貸し出すなど、各種調整を終えてから営業運転の運びとなろう。目が離せなくなってきた。


11月8日(月)

京葉線103系@舞浜

今日はくろやっこさんと京葉線の舞浜駅で撮り鉄…

E-100RSにテレコンを付けて、1枚目の写真は全廃までカウントダウンが始まった感のある103系。
もうかなり数を減らしているはずだが、今日は運がいいのか、武蔵野103系と合わせて何本か見ることが出来た。

特急「わかしお13号」安房鴨川行き・E257系500番台NB03編成5連@舞浜 2枚目は今日のメインディッシュであるこちら。E257系500番台で運転の特急「わかしお13号」安房鴨川行き。編成はNB03の5両編成のみ。
総武本線での試運転は押さえていたが、営業運転を撮るのはこれが初めて。ようやく、と言った感じ。
ただ、5両だとイマイチ迫力がない。やっぱり10両編成でないとなんかシックリ来ないねぇ(^^;)
京葉線201系@舞浜 最後はこちらの201系。テレコンを外して100mm程度で撮ってみた。
今は103系の去就が注目されているわけだが、この201系だっていつ追われる身になるかわからない。普段からこうやって撮っていないとね…

11月7日(日)

京王6743Fと都営28Fの離合@船堀

今日は午前中から10-000系のデジタルATCの搭載状況をチェックすべく、船堀駅へやってきた。笹塚と違ってここなら新宿折り返しの電車も漏らさずチェックできる。

まず1枚目は京王6743Fと8次車の28Fとの離合のシーンだが、28FにデジタルATC搭載を確認。とうとう8次車にまで及んできたか…
ということは検査入場しているためなのか、最近見掛けなくなった27Fも搭載して出場してくるものと思われる。

10-000系24F@船堀

こちらは急行本八幡行きとして橋本から長駆走ってきた6次車の24F。こちらもデジタルATC搭載を確認した。
ところで、この駅で下り線を撮るのは初めてだったりする。光線はイマイチだが東大島みたいに曲線撮りができるのはちょっと嬉しいところだ。

今日確認できた編成は残念ながら以上の2編成のみだが、まだ残っている27Fと4次車全て、そして、3次車の19Fは後日確認するつもり。

総武緩行線E231系@新小岩 変わって、総武線の新小岩駅へ。快速線ホーム市川寄りから緩行線を狙ってみた。
ご覧のように電車がうねったような感じで走ってくるのが面白い。こんな写真が撮れる駅だったとは…
総武緩行線E231系と209系500番台の離合@新小岩 最後はこのカット。同じ場所からテレコンを付けて撮影してみたが、ちょうどいい具合に離合シーンを収められた。
本当はもう少し撮りたかったが、なにやら雲行きが怪しくなってきたので15時過ぎに退散。日も短くなっていることだし…

11月4日(木)

 昨日、伯父の葬式に行って来た。近親者だけの密葬、という形で時間も昼くらいまでだったが、とにかく最後の別れを告げてきた。
悲しい気持ちなのは当然のことだが、もっと悲しい思いをしているのは他ならぬ伯父の家族。何かしてあげられることはないか、今はそのことばかりを考えている。

 ところで、本来なら昨日は丸一日忌引き扱いになるのだが、徹夜の可能性があった(ということは忙しい・苦笑)ため、昨日は18時から出勤して今日はその明け。
なんだかんだ言って私も管理職にある身。本当は休みたかったが、そうも言っていられない。苦しいところだ。
まぁなんとか仮眠はできたが…。

E231系近郊型(K-03編成10連)・湘南新宿ライン特別快速小田原行き@小田原駅

さて、実を言うと今度の日曜日に乗り鉄をしてこようかと、計画を練って指定券も押さえていたのだが、今はとてもじゃないがそんな気分ではないので、今日払い戻しをしてきた。
しかし、それだとおおらかだった伯父に気を遣わせちゃうなぁという思いと、私自身ちょっと落ち着きたかったということもあって、昼間の内に小田原までの間を往復してきた。
旅のスタイルとしては、計画したものに比べてこじんまりとしたものになったが、少しは楽になったような気がする。

ただ、今日の顛末を旅行記にするか否やで迷っている。


11月2日(火)

 また私事になってしまうが…

 今日未明に、母方の伯父が入院先の病院で亡くなった。ここ1年入退院を繰り返し、1ヶ月ほど前に一旦危篤状態になり、仕事だった父を除いた家族3人で駆けつけたが、その時はなんとか持ち直したので少し安心していた矢先の出来事だった。

 亡くなった伯父はとてもおおらかな人で、私にとっては大恩人とも言うべき人だった。今から7年前、私が21の時だった。その頃、私は精神的に追いつめられて前の職場を退職したり、そのことで父との関係が悪化したりと、非常に追いつめられている状態だった。特に父との関係は最悪で、半年以上家に帰らなかった、いや、帰れなかった。
 そんな時、私が頼ったのが伯父だった。伯父は何も言わず、笑って私を招き入れてくれた。そして伯父の家で居候させてもらっていた時に、現在の職場で働くようになり何とか人生の軌道を修正することができた。伯父の家族を含めて随分と迷惑を掛けてしまったが、もしあの時伯父に拒絶されていたら、今の私はなかったかもしれない。それくらい、大恩ある人だった。

 伯父との付き合いは長い。私が幼少の頃からよく遊びに行っていたし、また家族ぐるみでキャンプをしたこともあった。また、私が小学生だった時、伯父の次男が病死してしまったことがあり、その後よく妹を連れて2人で泊まりに行っていた。子供を失って寂しい思いをしていた当時の伯父にとっては、私と妹がその代わりになっていたらしく、「あの時は嬉しかった」と、私が大人になってから聞かされたこともあった。

 ここ数年は私の仕事が忙しく、めったに会うことはなくなっていたが、2年前に一度泊まりに行ったことがあった。その頃はまだまだ煙草を吸うくらい元気だったが、結局それが私にとって最後の元気な姿となってしまった。
 昨年入院して体の調子を落とした伯父は痩せ細り、そして歩けなくなった。体格もガッシリしていたのに、あんなに小さくなってしまって、まるで別人のようになっていた。私は思わず胸が締め付けられた。

 本当なら、このようなことを書くべきではないのかもしれない。正直言って書いている私も苦しい。
 しかし、私にとっては大切な伯父。受けた恩をいつまでも記憶に留めなければいけないという思いから、今回敢えてこのスペースを借りて書かせて頂いた。
 そう、伯父がこの世で立派に生きてきたという証を残すためにも…


11月1日(月)

 というわけで、また一つ年を取ってしまった。別に何も変わることなどないが、また気持ちを引き締めてやっていくつもり。
 ただ、今日に限って言えば、徹夜だけはやりたくないと思っているが…(^^;)

 まぁそんなことよりも、いろいろな事が重なってしまったおかげで、どこにも出掛けられないという状況をなんとかしたいんだけどなぁ(_ _;)


日記・2004年10月

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