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日記・2004年2月

日記・2004年1月

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1月31日(土)

 早いもので今日で1月も終わり。2004年を迎えたと思ったらもう2月。なんでこう月日が経つのは早いのだろうと思う。その2月も私の職場が再び忙しくなることから、その早さはもっともっと感じることだろう。
 すでに皆さんはメディアを通じてご存じの方も多いと思うが、今日未明に衆院本会議でイラクへの自衛隊派遣承認案が可決され、成立する見通しとなった。これを受けて、私の勤める事業所のオーナーから新たな仕事が増えるという情報が、本社を通じて私の耳にも入ってきているので、近々具体的な指示がありそうだ。これは言うまでもなく、事業所のテロ対策の一環であり、自衛隊が日本に戻ってくるまで続くものと思われる。

 しかしながら、本社からは今のところ定員増員の話は来ていない。まぁ他の事業所からの応援があるとは思うが、今までの流れからしてそんなものを期待する方が間違い、とも思える。ただでさえ、仕事量の割には人が少ないのに、減員され皆アップアップの状態で給料はずっと5%カット&残業代削減のまま。こんな状態でどうやって客にサービスをしろというのであろうか?
 皆さんはマーケティング用語で「CS(Customer Satisfaction=顧客満足)」という言葉をご存じだろうか。これは言葉のとおり、客に満足してもらうことを表現したものであり、商売の基本中の基本とも言える言葉である。私は本社からの指導、或いは研修などで度々聞く言葉なのだが、確かに客に満足してもらわなければ会社が減益となりしいては給料が下がるわけで、この言葉の持つ意味を軽んじてはならないということはわかっているつもりである。
 しかし、これとは別に「ES(Employees Satisfaction=社員満足)」という言葉もある。これは給料のみならず、社員一人ひとりの満足度、やる気の度合い、良好な職場環境の構築などを表す言葉で、企業の競争力を高める重要な要因として近年、特に経営者に注目されている。これがある会社とない会社とではCSに雲泥の差が出てくる。
 まずESが浸透している会社では社員の「質」が違う。それは経営者がCSをきちんと理解し、その質を高めようとESに努力している。そして社員はそれに懸命に応えようとする。当たり前の話である。誰だって十分納得行く給料や、やる気を呼び起こすようなことがされれば満足するし、その満足感ゆえに心の余裕が出て客に対してCSを行うことができる。
 逆に私の会社のようにESがない場合、仕事に対して意欲が湧かず客に対して冷淡な態度をとったり、次々とたらい回しにしたり、或いは融通を利かせず淡々とマニュアルのとおりにこなすだけ、というような社員が増えてくる。そう、CSとESというものは実に密接な関係にあり、経営者がどんなにマニュアルを整備しても、どんなに教育をしても、どんなに訓示を垂れても、どんなに率先垂範しても、社員がその気になり、自らの役割を積極的に果たす意欲がなければ、顧客満足を達成することは不可能なのだ。

 だいぶ話がそれてしまったので元に戻すとして、これからしばらくは上記のような理由でかなり不規則な勤務になると思う。日記の更新も含めてできる限りはやっていこうと思っているし、3月には旅行も控えいる。ただこのHPの更新が時折滞ることがあるかもしれない、ということを誠に勝手で申し訳なく思っているが、どうか承知して頂きたい。


1月29日(木)

 今日は夜勤明けだったが、送別会があったためそのまま飲み会に参加した。「新しいところでも頑張れよ」と声を掛けるも内心、「これでまた人が減るのね…」とか思ったりして少々複雑な気分。こういう人が少ない状況で来月はかなり忙しくなりそうだ。ただでさえ昨年6月に定員を減らされているのに、こうやって辞めてしまわれると本当に辛い。いったい本社はどういう目で今の状況を見ているのだろうか。まぁ、内心「我々には関係ない」とでも思っているのが関の山か?(←ちょっと毒を吐いてみた・汗)


1月25日(日)

東急東横線高島町駅 ここは東急東横線高島町駅…。ここに来た理由は首都圏にお住いの方なら今さら書かなくてもわかるとは思うが、そう、2月1日開業の「みなとみらい線」の開業と引き替えに、今月30日をもって東横線の横浜〜桜木町間が廃止されるのだ。実は昨年、所用で桜木町へ行った際にこの東横線に乗っているのだが、高島町駅には降りたことがなく、また、廃止間近の状況を是非この目で見ておきたいと思い足を運んできた。
電車からホームへ降りてみると、そこにはカメラ片手に写真を撮っている人達が大勢いた。特にホーム端には鉄道ファンがやってくる電車を次々とカメラに収めていた。このホームの両端は非常に狭くなっていて私にしてみればあまり撮りたくない場所ではあるが、それらを察知していたのかそれらの場所にはカードマンが配置され安全確保に当たっており、見る限りでは大きな混乱は無かったようだ。
それと、私が降りた時には若い女の子二人組がデジカメ片手に、駅のありとあらゆるものに対しシャッターを切っていたのが印象的だった。
高島町駅を外から見る 改札を抜けて外へ出てみた。特に何があるというわけではないが、こうした光景も来月には懐かしい風景に変わってしまうと思うと2度、3度とシャッターを切ってしまう。不思議なもんだ。もちろんここにも鉄道ファンと思しき人達が多数いた。
ここらで適当に時間を潰した後、次は桜木町へ行ってみようと改札口へ行ってみたところ、有人改札のところであるものが売られていた。それは…
硬券の入場券 この硬券の入場券だったりする。日付は今日のものではなく何故か廃止される日になっていたが、記念切符の意味合いが強いのだろう。それにしても随分久しぶりに手にする硬券だ。しかも廃止後はまず手に入らないだろうということで、慌てて110円を財布から出して買った次第。
ところで券面に書かれている文言に、『電車内に』ではなく、『客車内に』というのが古さを醸し出していて実にいい。思わず、「これはいい物を買った」と、ホクホク顔になってしまった(笑)
東急東横線桜木町駅 さて、終点の桜木町駅へとやって来た。ここには高島町駅を遙かに上回る人達でごった返していた。とにかく駅のありとあらゆる物に対してシャッターを切りまくる。あるいはビデオカメラを回す。そんな人達に混じって私もシャッターを切っていった。
ホーム先端には鉄道ファンが多数カメラを構えていた 先ほどの高島町駅でもそうだったが、この駅でも写真のようにホーム先端で鉄道ファンらが入線してくる電車に向かってカメラを構えているのが見られた。そして同じようにガードマンが安全確保のために配置されていた。本当、同業者として「お疲れさまです」という感じだ。というか私にとってはこちらのほうが羨ましいとさえ思ってしまうのだが(^^;)
東急8000系各駅停車渋谷行き@桜木町 話はかなりさかのぼることになるが、実は3年半前に当時デジカメを買って間もない私は、その時同じ現場で働いていたふくのじさんとここで何枚か写真を撮ったことがあった。その時の私は今ほど写真の腕が良くなく(今でも良くないが・苦笑)、またカメラの知識もそれほどなかったこともあり、彼からいろいろ教わっていた。その日は東急を中心にあちこち撮って回っていたのだが、今見るとどれも下手な写真ばかりで到底人様にお見せできるような物は少なく、その中からなんとかまともに撮れたのが左の写真。これだって光源の向きや構図を見れば、こうしてWEB上に出すのはちょっと恥ずかしいものがあるが、この時は「おー撮れたー!」とか言ってこの程度でも喜んでいたんだよなぁ。
しかし、その思い出も線路ごと過去の想い出になってしまうのは残念というか寂しいというか、とにかく複雑な気分だ。(写真は2000年7月2日撮影)
硬券を買い求める人達の行列@桜木町 話を元に戻すとして、ひとしきり写真を撮って改札を抜けてみると、そこには先ほど私が買った硬券の入場券を買い求める人達が行列を作っているという光景に出くわした。これじゃ券売機で切符を買う人の迷惑になるんじゃないの?とか思ったが部分廃止とは言え、昔はここが横浜駅だったということで鉄道ファンはもとより、長年この駅を使っていた人達にとってはそんなことを言っている場合ではない、という感じで仕方ない気もする。
ただ行列を見て、「高島町で買っておいて正解だったな」とか思っていたりして(^^;)
209系普通大船行き(宮ウラ66編成)@桜木町 さて、惜別乗車も済ませたことだしおとなしく帰るか、とも思ったのだが「そう言えば根岸線は全線乗っていなかったな」ということを思い出し、JRの改札を通って大船方面のホームへ上がった。
もちろんここで乗る電車は0番台の209系大船行き。編成は宮ウラ66編成。乗った時点でかなりの混み具合だったがそれもすぐに解消され、ゆったり座りながら電車に揺られていた。GTO素子のVVVFインバータの音を聞きながら先へ進むと30分ほどで大船へ到着した。
E217系15連・総武快速線直通千葉行き@大船 大船からは今度こそはおとなしく帰ろうということで、E217系電車の横須賀線に乗り換えた。この車に乗るのはエラく久しぶり。というか今年初めてか。地元のJR線では近くを走っているのに自分自身意外だった。
というわけで…
E217系のグリーン車に初乗り♪ 座った場所はもちろんグリーン車(笑)。ここから東京へは50分程度かかるのでロングシートに座る気が起きなかった(^^;)
そんなわけでシートを倒してのんびりくつろぐ。やはり何度乗ってもグリーン車はいいもの。例えそれが普通列車であっても…
多摩川を渡る直前に500系「のぞみ21号」博多行きとすれ違う 多摩川を渡る直前で500系「のぞみ21号」とすれ違う。そう言えば500系も随分乗っていないなぁ。それこそこの時以来か?
最近は新幹線に、それも西の方で乗る時はレールスターばっかりだったからなぁ。久しぶりに乗ってみたい気もするので、今年中に乗る機会が巡ってくるばいいのだが。
田町電車区。ん?583系とその横にいるのはいったい・・・? 品川を出て地下線に入る直前で、田町電車区に583系と改造されたと思われる205系が止まっていた(手前のガラスにピントが合ってしまったため思い切りボケています・滝汗)。こんなところに583系・・・、団臨だとは思うがわからないのが改造205系。オレンジとイエローのライン、そして先頭車があんな感じになっているところを見ると仙石線用だと思うが、あんなカラーリングの仙石線用車両ってあったっけかなぁ…
京王6000形・急行本八幡行き@馬喰横山 東京の2つ先の馬喰町で降り新宿線に乗り換えた。ホームへ上がるとすぐに電車接近のアナウンスがあったが急行だったのでパス。というか私の場合6000形だったから、というのも理由の一つだったりするが(^^;)
さて、急行が6000形だったので次の各駅停車は10-000系だろう…
またしても京王6000形・各駅停車本八幡行き@馬喰横山・頼むから2本続けて来ないでくれ(ToT) と、簡単に問屋が下ろさないのは世の常(笑)。各駅停車としてやってきたのはまたしても京王6000形。ここでも書いたが、私にとってこの「罠」とも言うべき運用は本当になんとかならないものだろうか。せめて急行限定とかにしてもらいたいのだがねぇ。
んでもってもちろんこれもパス(^^;)
ようやく来た都営10-000系(3次車)各駅停車本八幡行き@馬喰横山・待ってたよぅ(つД`) 3本目でようやく10-000系が来た。編成は19日に紹介した3次車。やっぱりこれじゃないとなんだか落ち着かないんだよなぁ(^^;)

1月23日(金)

列車遅延発生を知らせる案内板@岩本町

今日は徹夜勤務明けだが、まだ仕事をしていた6時30分頃の出来事。それはこれから出勤してくる隊員の一人から連絡があり、人身事故発生で遅れると連絡があった。その隊員の乗っている路線は新宿線・・・。

「え〜!マジかよっ!」( ̄□ ̄;)

これから帰るのになってこったい・・・。ただ、連絡があった時間はかなり早かったのでたぶん大丈夫だろうと思ったが、念のため折り返し設備のある岩本町までは別経路を通ってきた。10時過ぎに辿り着くと改札口前には写真のように列車遅延発生を知らせる案内板が出ており、事故発生から4時間が経過してもダイヤは乱れていて急行運転も中止になっていた。
たまたますぐに電車がやってきたのでダメージは全くなかったが、利用者にしてみれば事故はやはり困りもの。本当、こればっかりは勘弁願いたいものである。

それにしても、新宿線の人身事故は今年に入ってこれですでに2件目。なんか呪われているような気が・・・f(^_^;)


1月19日(月)

京王6000形笹塚行き@東大島 今日は午後から一昨日と同じく都営新宿線東大島駅へ撮りに出掛けた。三脚を立てテレコンとリモートケーブルをカメラに装備、絞りを限界まで絞った上でシャッタースピードを1/80にセットした。
準備が出来るとさっそく京王6000形が荒川を渡ってきたのでレリーズする。よくみると行き先方向幕は各駅停車の笹塚行き…。これは車両アルバムにも書いたことなので改めてここで書くことはしないが、早く9000形がここを走る姿を見たいものである。
都営10-000形(8次車)新宿行き@東大島 次にやってきたのは10-000形の最終増備車。通勤時にこれが来ると思わずニンマリしてしまうくらい、乗り心地が優れている車だ(笑)
昨年、このコーナーで今年秋にも始まる車両置き換えでこの車の行く末を案じていたが、1997年に登場ということでさすがに今回は対象外。少なくともあと10年はいけるだろう。
都営10-000形(2次車・10-100編成)笹塚行き@東大島
2次車の側窓@東大島

さて、9日に10-000形は量産車でもいくつかに分類出来るようなことを書いたが、ここで写真を使って紹介しようと思う。

まず、左写真は1980年の新宿開業時に落成した2次車と呼ばれるもので、ご覧のように側窓が上下二段式になっている。この2次車は現在は8両編成であるが、落成当初は6両編成で営業運転に就いていた。

都営10-000形(3次車・10-210編成)笹塚行き@東大島
3次車の側窓@東大島

一方こちらは1986年9月の篠崎開業時に増備された3次車と呼ばれるもので、こちらは最初から8両編成で落成している。
この頃から国電・JR205系の工法を採り入れた軽量オールステンレスカーとなり、見てのとおり先ほどの2次車と比べて側窓が一段下降式になっているのがおわかり頂けると思う。

なお、今年置き換え対象になるのは先ほどの2次車までの(試作車含む)計108両。8両編成化するために後から追加された車両についてはもちろん対象外。これらについては一旦編成を解かれた上で、また新たに組成するものと思われる。

都営10-000形@船堀 最後は船堀駅で2枚ほど撮ってみた。実を言うとここでカメラを構えるのは初めてなのだが、こうして地上へ出てくるシーンを捉えることが出来る。上手くいけば並びの写真も撮れそうだ。
これは後日じっくり撮影しようと思う。

1月18日(日)

 今日は家でのんびりしていた。というか昨日動き過ぎたのか体が動かなかった(^^;)。明日はどこかへ行きたいとは考えているが・・・


1月17日(土)

 阪神大震災が起きてから今日で9年。亡くなられた6千数百人の方々に対し黙祷を捧げるともに、今月のトップページにも書いた、今ある『小さな幸せ』に喜びを感じ、そしてそれらがこれからも守られることを祈りたい。

253系200番台(Ne202編成)特急「成田エクスプレス16号」@下総中山 さて、昨日書いたように今日は雪中強行撮影・・・、にならなかった。確かに雪は降ったが、ポツリポツリという感じで大したことはなかった。ただ気温が3℃くらいしかなく、おかげでブルブル震えながらの撮影になった(笑)。というわけで今日撮影した中から何点かを・・・
まずは総武線下総中山駅で待ちかまえていると、253系特急「成田エクスプレス16号」が上ってきたので捉えた。シャッターを切って列車を見てみると行き先表示器が幕ではなくLED。ということは200番台車。なんか初めてこの車を撮ったような気がする。
スカ色113系8連(マリ249+240)@下総中山 上の253系を撮って4分後。回送幕を出したスカ色113系8連が快速線を上ってきた。「うおっ、すごいじゃん」と思いながらカメラを構える。
この回送は大井工場への検査入場だと思うが、すでに快速線から113系は消えているので随分と懐かしい気持ちになった。もう一度、あの長大編成を見てみたいなぁ・・・
中央快速線201系@阿佐ヶ谷 変わって中央線阿佐ヶ谷駅にやって来た。上りの快速線に向けてカメラを構えるが光量不足で思うようにシャッタースピードを上げることが出来ず、やむを得ず三脚を立てた上でリモートケーブルをカメラにつなげた。また、被写体のブレをなくすために遅めのシャッタースピードでもきちんと捉えられるよう、テレコンバージョンレンズを装着して650mm相当の望遠で撮影に臨んだ(遠くで動いている物体は速度が遅いので)。
こちらは快速線でお馴染みの201系電車。この時のカメラの設定はISO100でF値は3.5、シャッタースピードが1/125。650mmの望遠にしては超スローシャッターなのでどうなることかと心配したがきっちり撮ることができた。写真を縮小しているためはっきりとはわからないだろうが、オリジナルの写真では武蔵小金井電車区の39番編成であることが確認できた。
E257系(M-110編成)特急「かいじ112号」@阿佐ヶ谷 お次は中央線の特急列車としてすっかり定着した感のある、E257系特急「かいじ112号」新宿行き。編成は松本電車区のM-110編成9連。こちらも201系と同じ撮影条件で撮った。もちろんブレていない。
実は今まで貫通型先頭車の走行写真は撮ったことがなく、今回が初めて撮影となったが、やっぱりこのマスクはイマイチ好きになれないんだよねぇ。なんか「特急」という感じがしなくて。中身はいいんだけどさ・・・(^^;)
都営新宿線10-000系@東大島 最後は何度もご紹介した私の通勤・生活路線である都営新宿線の顔、10-000系を東大島にて捉えた。この時すでに時計の針は16時半を回っており、中央線で撮影した装備を準備し限界に挑戦してみた。4枚撮ったのだが結果は前半2枚は成功、後は失敗した(^^;)
最初の2枚はISOを400に引き上げた上でシャッタースピードを1/50にまで落とした。しかし後の2枚は1/40、1/30とさすがに650mmの望遠でもダメだった。これが限界なのだろう。
ちなみに左写真は失敗したほうを掲載した。ここでも書いているが、きっちり撮れた写真についてはそこで使いたいと考えているので、この場での掲載は控えたいと思う。

 さて、明日の天気予報では今日あまり降らなかった雪が一日ズレこむ形で降るようだ。うーん、家でのんびりしようか、それとも明日こそ雪中強行撮影をしようか、どっちにしようかなぁ・・・f(^_^;)


1月16日(金)

 夕方のテレビを見てて一瞬固まってしまった。明日は今年になってまだやっていなかった、「撮り初め」をしようと意気込んでいたのだが天気予報はなんと。うーん、どうしたものかなぁ。ただ、東京で雪が降るなんて珍しいことであるのも事実なので、今のところ撮りに行くつもりではいるが・・・。これは雪中強行撮影になるかも(笑)


1月11日(日)

 今日、7日の旅行の模様を旅行記としてアップした。思いのほか早く書き上げることができて一安心している。もしかするとこのHPを立ち上げて以来最速かも(滝汗)

今は亡き総武緩行線103系@浅草橋 さて、今日は前に撮った写真をいろいろと思い返しながら見ていたのだが、その中から浅草橋で撮った今は亡き総武緩行線の103系を抜き出してみた(写真は2000年10月1日撮影)。
なんだかつい最近まで走っていたような錯覚を覚える。事実、1998年まで総武緩行線はオール国電型が走っていた。そしてその年から209系500番台を皮切りにE231系があれよあれよという間に増殖し、結局それらに追いやられた103系は2001年3月を最後に撤退。気が付けばあれからすでに3年が経とうとしているのだ。
これらを考えただけでも、時を刻むスピードが早いことを改めて痛感した。

1月9日(金)

都営新宿線10-000系先行試作車
都営新宿線10-000系量産車

今日は徹夜勤務明け。昨日も書いたように都営新宿線で朝の通勤時間帯に人身事故が発生し、一時運転を見合わせたり運休になる電車がいたりとかなり混乱していたが、さすがに今日は平常通り。まぁこんな事故がそう何度も起こってもらっては困りものなのだが。

さて、帰りの都営新宿線が開業以来から走り続けている10-000系の先行試作車に当たった。一応量産車との差異を比べてもらおうと、写真を並べてみた。上が今日乗った先行試作車、下が量産車(2003年7月3日撮影)である。
見てのとおり、前面の形状にかなりの違いがあることはおわかり頂けると思う。その他には車体側面上部に設置されている行き先・種別表示器の位置が異なるなどの細かな点もあるが、量産車同士にしてもマイナーチェンジを幾度と無く繰り返しているので、編成の中には窓が二段式のものと一段下降式が混ざっていたり、屋根の形状が違うなど細かく分類されている。したがって当初4両編成で登場したこの試作車編成も、結果的には3世代の車両が同居するという非常に特殊な編成となっている。

これまで何度かこのコーナーでも書いてきたことだが、今年秋にも始まる新車置き換えでは間違いなくこの試作車は姿を消すものと思われる。そこで、まだ具体的には何も決めていないが、今年の夏あたりからこれらのことを軸にした特集を組もうかと考えている。思いっきり地元ネタになってしまうが、私自身この路線には愛着を持っているのでそのあたりをご了解していただければと思う。


1月8日(木)

 今朝、通勤のためにいつものように都営新宿線に乗っていたら、西大島で止まったきり動かなくなった。イヤな予感が・・・と思っていると、

「只今九段下で人身事故が発生したため全線で運転を見合わせております」

という車内放送が・・・。「おいおい、新年早々勘弁してくれよ〜」、と思いながらも発車を待つがなかなか動き出さない。8時過ぎになって岩本町まで折り返し運転をするという放送が入ったが、私が通常使っている乗換駅までは行けないので取り敢えずそのまま岩本町まで乗車し、そこから歩いて秋葉原駅→山手線→池袋という手順を踏んで職場へは1時間ほど遅れて到着した。
 事故の詳細は、報道によれば31歳の男性が線路に降りて自殺を図ったようだが、奇跡的にも命はとりとめた模様。結局都営新宿線は9時過ぎになってようやく全線で運転を再開した。
 それにしても自らの命を粗末にするだけでなく、他の大多数の人にまで迷惑をかけることは人として絶対にしてはいけないことだと思う。せっかく助かった命、この男性には猛省してもらいたいものだ。


1月7日(水)

富士山@特急ワイドビュー「ふじかわ8号」車内 今日は夜勤明けでちょっとした乗り鉄をしてきた。
詳細は追って旅行記にするつもりなのでお楽しみに。

1月5日(月)

 今日は撮り鉄・・・をしなかった(滝汗)。やはり越年勤務の疲れが相当溜まっていたようで、結局家から一歩も出なかった。もう年なのかなぁ・・・


1月4日(日)

 今日執筆が遅れていた旅行記「200やまびこ惜別乗車記」をアップした。2ヶ月近く経ってしまったがなんとか書き終えられてホッとしている。
 さて、しばらく撮り鉄をしていなかったので明日はどこか撮りに行こうと考えている。何を撮ろうかなぁ・・・


1月1日(木)

 2004年を迎えた。30日にも書いたように、今日は徹夜勤務明け。かなり消耗したが無事に終えられてホッとしている。ただ勤務が終わった後にちょっとした宴があったため、体がフラフラしているのでこれを書き終えたら永い眠りに就くつもり(笑)

年賀メールに添付した画像 それから今朝、相互リンク先へ年賀状代わりに左の画像を添付したメールを送信しておいた。中には失礼ながら画像だけのメールもあるが徹夜勤務明け、という事情もあるのでどうかお許し頂きたい。m(_ _)m

 さて月初めということで、いつものようにトップページの写真とコメントを新しいものに差し替えた。今月は私が今年の鉄道に対するささやかな願いを書いたつもり。もちろんそれは鉄道だけでなく、今の世の中に対しても言えるが、とにかく激増する犯罪やテロに脅かされる現代にあって、平穏に暮らしていくということは大変貴重なことであり、また、皆の希望でもあると思う。
 平穏あっての趣味。どうか、『小さな幸せ』がこの先も続くことを願いたいものだ。


日記・2003年12月

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